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東京地方裁判所 平成10年(ワ)3613号 判決

原告 A

右訴訟代理人弁護士 鬼束忠則

同 萱野一樹

同 関聡介

被告 東京都

右代表者知事 石原慎太郎

右指定代理人 和久井孝太郎

同 西貴久

同 長谷川博省

同 山崎裕之

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する平成一〇年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五〇分し、その四九を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

ただし、被告が金八万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六三五万〇一四〇円及びこれに対する平成一〇年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、反中国政府活動家組織に所属する在日中国人である原告が、平成九年六月四日、いわゆる天安門事件の八周年を記念して、在日中国大使館前で中国政府に対する抗議行動を行った際、被告の配置する警察官から暴行を受け、さらに、公務執行妨害罪の要件がないにもかかわらず、違法に現行犯逮捕され、また、勾留中に、警察官から暴言・暴行を用いた違法な取調べを受け、それによって傷害及び精神的苦痛を被ったなどと主張して、被告に対し、不法行為(国家賠償法一条一項)に基づき、損害賠償として金六三五万〇一四〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年三月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠を挙示した事実以外は、当事者間に争いがない。)

1  当事者等

原告は、一九五四年(昭和二九年)一一月一一日に中華人民共和国上海市で生まれ、平成元年八月に来日した中華人民共和国籍を有する者であり、平成九年六月当時、反中国政府活動(中国民主化運動)の活動家の組織である民主中国連合陣線自民党日本分部(以下「民連陣」という。)に所属していた(甲第九号証、原告本人尋問の結果)。

被告は、国家賠償法にいう公共団体であり、警視庁本部及び東京都内に各警察署を設置し、これを管理運営している。左記2及び3の警戒警備、逮捕行為及び原告の取調べに当たった警察官らは、いずれも被告に所属する公務員である。

2  原告は、平成九年六月四日、天安門事件の八周年を記念して、東京都港区元麻布三丁目四番三三号所在の在日中国大使館(以下「大使館」という。)前において抗議行動を行うため、反中国政府活動の活動家である訴外G、民連陣と同様に反中国政府活動家の組織である民主中国陣線日本分部(以下「民陣」という。)のメンバーである訴外B(以下「B」という。)らと共に、合計九名で大使館を訪れた。そのうち原告、G、Bを含む五名(以下「代表メンバー」という。)が、付近の警戒警備に当たっていた警視庁麻布警察署(以下「麻布署」という。)所属の警察官と話し合いの上、大使館の敷地内(正門前)に入り、大使館の受付所において大使館職員に抗議文を渡そうとしたが、受け入れられなかった。そこで、同受付所前付近において、原告とBが横断幕を広げようとしたところ、警察官は、これを制止し、代表メンバーを大使館の敷地内から敷地外の路上付近まで排除した。その際、原告は、麻布署警備課所属のC巡査長(以下「C巡査長」という。)の右顔面を左手拳で一回殴打する暴行を加えたとして、公務執行妨害罪の被疑事実により、麻布署の警察官によって現行犯逮捕され、麻布署に留置された(以下「本件逮捕」という。)。

3  原告は、本件逮捕に引き続き、平成九年六月六日から同月二五日まで麻布署(代用監獄)に勾留され、その間、麻布署において、警視庁公安部外事第二課所属のD警部補(以下「D警部補」という。)を含む数名の警察官によって、同月六日を除くほぼ毎日、公務執行妨害罪の被疑事実について取調べを受けた(以下「本件取調べ」という。)。

4  原告の弁護人に選任された萱野一樹弁護士(以下「萱野弁護士」という。)らは、同月一六日、東京地方裁判所に対して勾留理由開示請求を行った。同月一八日、原告は、麻布署の取調室において、右勾留理由開示請求の取下書(以下「本件取下書」という。)を作成し、翌一九日、麻布署の警察官が本件取下書を同裁判所に提出した。原告は、同日、本件取下書の取消書(以下「本件取消書」という。)を作成して萱野弁護士に交付し、同弁護士は、これを同裁判所に提出した。

同月二三日、同裁判所において、右勾留理由開示の公判が開かれ、原告も同公判に出頭した。

5  原告は、同月二五日、処分保留で釈放された後、同月三〇日に起訴猶予処分とされた。

二  原告の主張

1  原告らの抗議行動について

(一) 原告ら反中国政府活動の活動家は、毎年六月四日、天安門事件を記念して中国大使館を訪れ、抗議文を手渡し、天安門事件の犠牲者に献花を行い、横断幕を掲げるなどの平和的な抗議行動を行ってきた。

(二) 平成九年六月四日、原告らは、大使館前に到着し、警備に当たっていた警察官に対し、例年と同様の平和的な抗議行動を行いたい旨告げたところ、五名に限って同大使館の敷地内に入ることを許可されたので、代表メンバーが、花束、抗議文及び横断幕を持って敷地内に入った。そして、大使館の受付所(以下「受付所」という。)に行き、GとBが、大使館職員に抗議文を受け取るよう申し入れたが、同職員はこれを拒否して受付前のシャッターを強引に閉めようとした。

2  原告の違法逮捕と警察官による暴行行為

(一) 排除活動の際の暴行

そこで、原告は、例年行っているように、受付所前付近で、Bと共に「平反六四」と記載された横断幕を広げようとしたところ、突然、原告の左側付近にいた制服警察官(F警備課長)が、原告らから横断幕をむしりとるようにして奪いとり、これに対する抗議を聞き入れず、直ちに代表メンバーを大使館の敷地内から排除するよう部下の警察官に命じた。そして、一〇人以上の警察官が一斉に代表メンバーを取り囲み、同大使館前に引きずり出したが、原告に対しては、三名の警察官が、原告の胸や脇腹等を手拳で殴りつけたり、足を蹴り上げたりするなどの暴行を加えながら、原告の上着を強引に引っ張り、大使館の受付所前から大使館前の路上付近まで引きずり出した。

(二) 逮捕の際の暴行行為

原告が大使館前の歩道付近まで押し出されたころ、原告の右斜め後ろ辺りにいたC巡査長が、原告の後方から原告の右足の後ろ側を強く蹴飛ばした。そこで、原告は、C巡査長らの暴行を止めさせるため、あるいは、同人を振り払おうとして、振り向きざまに左手をC巡査長の顔の前付近に出したが、手は届かず、同人には当たらなかった。すると、C巡査長は、逆上して、原告に向かって勢いを付けて近づき、右足の革靴の甲の辺りで原告の下腹部付近を強く蹴り上げた(下腹部を蹴られた一回目)。原告は、激しい痛みを感じるとともに、蹴られた反動で後方に後ずさるようになった。同時に、別の複数の警察官が、原告の首を後方から締め上げて引っ張ったり、顔面や胸を二回殴るなどの暴行を加えたため、原告は、立っていることができず、路上に尻餅を着くようにして転倒した。さらにC巡査長は、転倒した原告に向かって、意図的に原告の下腹部を蹴り下ろし(下腹部を蹴られた二回目)、その衝撃によって原告は気を失った。

原告は、警察官らの右暴行行為によって、加療約一〇日間を要する左股関節及び下腹部挫傷の傷害を負った。

(三) 違法逮捕

警察官らは、転倒した原告を公務執行妨害罪の被疑事実で現行犯逮捕したが、それは要件のない違法な逮捕であった。すなわち、原告が出した左手は、C巡査長には当たっていないから、顔面を殴打する暴行行為があったとはいえないし、また、右(二)記載のとおり、原告が左手を出した理由は、同巡査長が原告の後方から足を強く蹴っため、これを止めさせたいがためであったところ、同警察官の右暴行は、適法な職務執行とはいえないから、原告の行為は正当防衛行為である。よって、いずれにしても原告に公務執行妨害罪は成立しないから、本件逮捕は違法であった。

3  勾留中の不法行為

(一) 暴言・暴行による違法な取調べ

原告は、勾留期間中、連日長時間の取調べを受けた上、取調べに当たったD警部補は、原告に公務執行妨害の事実について自白を強要し、こぶしを原告の前に突き出すなどしながら、「おまえが殴ったんだろう。」「バカ野郎。」「おまえは犯罪者だ。日本から出て行け。」「俺は一日無駄にした。」などと、大声で怒鳴りつけて暴言を吐き、さらに、取調室にあったスチール机を叩いたり、原告の胸に押しつけたりして圧迫し、また、原告の襟首をつかんで引っ張るなどの暴行を加えた。

また、原告の取調べに当たった他の警察官も、原告が取調室で足を組んで座っているときに、「下ろせ。何をやっている。」などと言いながら原告の足の靴底を蹴ったり、原告に対して、「バカ野郎。」などと怒鳴ったり、手で机を叩いたりしたことがあった。

なお、原告は、右のとおり自白を強要されたことはあるが、本件取調べにおいて、自白をした事実はない。

(二) 本件取下書作成の強要

D警部補は、原告が右勾留理由開示公判に出頭するのを阻止しようと画策して、同月一八日の取調べに際し、あらかじめ作成された勾留理由開示請求の取下書を原告に示した上、「勾留理由開示請求を取り下げたら早く出れる。開示公判をやると起訴されるぞ。」「お前を助けるのは俺たち警察だ。弁護士は商売だけだ。よく考えろ。」などと偽計や脅迫を用いつつ、原告にその旨誤信させ、無理矢理右取下書を筆写することを強要し、筆写させた本件取下書を同裁判所に提出した。

原告は、房に戻った後、冷静になって考え直し、同月一九日、自ら本件取消書を作成した上、萱野弁護士らに対して接見を要請した。同日夜一〇時ころ、萱野弁護士が、原告に接見し、原告が作成した本件取消書を宅下げして同裁判所に提出した結果、原告は、同月二三日に同裁判所において開かれた勾留理由開示公判に出頭することができた。

4  被告の責任

右2及び3記載のとおり、被告に所属する警察官らの原告に対する、大使館正門前における暴行及び違法逮捕、勾留期間中の暴言・暴行による違法な取調べ並びに偽計・脅迫を用いた勾留理由開示請求の取下の強要は、原告の身体及び人格権に対する違法な侵害行為といえるから、被告は、国家賠償法一条一項により、右加害行為によって生じた原告の損害を賠償する責任を負う。

5  損害

原告が被告の不法行為により被った損害の具体的な内訳は、次のとおりである。

治療費 金二万八八一〇円

休業損害 金七七万一三三〇円

慰謝料 金五〇〇万円

弁護士費用 金五五万円

よって、被告は、右損害の合計金額である金六三五万〇一四〇円及びこれに対する不法行為の後の日(訴状送達の日の翌日)である平成一〇年三月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

三  被告の主張

1  当日の警備の状況について

天安門事件の記念日である六月四日には、例年、大使館前において、反中国政府活動家による抗議行動が行われていたところ、平成九年五月二九日、大使館から麻布署に対し、外交関係に関するウィーン条約に基づき、大使館の保護、安寧、威厳を保持するために適切な警備措置をとられたいとの要請があり、本邦外務省から麻布署にも同様の連絡があった。麻布署は、右要請を受け、また、大使館から一定範囲の地域は、国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律(昭和六三年法律第九〇号)四条一項に基づき、外務大臣が静穏を保持することが必要である地域として指定していること(平成九年二月二一日外務省告示第五四号)から、同年六月四日は、大使館付近に機動隊員及び必要な資器材を配置し、大使館正門前には、制服及び私服の警察官一二名を配置するなどして同大使館周辺の警備活動に当たった。

2  原告らの排除活動について

(一) 麻布署警備課課長代理警部E(以下「E警部」という。)及びC巡査長は、同日、同署のF警備課長の指揮の下、他の同署所属の警察官と共に大使館周辺の警備に当たっていた。

同日午前一〇時三〇分ころ、原告らが、大使館前の歩道上に到着し、大使館の敷地内に入って献花をしたいなどと申し立てたが、E警部が、F警備課長らと共に、原告らに対し、敷地内に入る人数を五名に限定するよう申し向けたところ、同人らはこれに従い、代表メンバーが敷地内に入った。

(二) C巡査長は、他の警察官と共に、代表メンバーに対し、大使館の受付所で許可を得てから門内に入るよう説得したところ、同人らは、受付所に行った。すると、代表メンバーが、突然怒鳴りながら受付所のガラス窓を手で叩いたり、大使館職員が閉めようとしたガラス窓を覆うためのシャッターが降りないように腕で支えて妨害したり、さらに、原告とBが、正門前において、警察官の制止を無視して横断幕を広げようとし、正門前周辺が騒然としたため、F警備課長は、代表メンバーをこのまま敷地内に留まらせることはできないと判断し、敷地内から排除するように付近の警察官らに命じた。

代表メンバーは、敷地内から出るようにとの警察官の指示に従わなかったため、C巡査長を含む付近の警察官が、代表メンバーの体を押したり、腕をつかむなどして同人らを敷地外の歩道上へ排除しようとした(この際、原告は、C巡査長らの警察官が、原告を手拳で殴ったり、足を蹴り上げたりするなどの暴行行為をした旨主張するが、そのような事実はない。)。

(三) 排除行為の適法性

大使館の敷地内の管理権限は大使館にあるところ、警察官らは、ウィーン条約及び大使館からの要請に基づき、大使館周辺の安全を確保するために警備に当たっていたのであるから、原告らは、大使館の敷地内に立ち入るためには、警察官らの許諾を得る必要があった。代表メンバーは、F警備課長ないし他の警察官から、抗議文を受付ポストへ投函すること、門前へ献花することに限って抗議行動を認めることを条件に敷地内に入ることを認められたのであるから、受付所の窓ガラスを手で叩いたり、敷地内で横断幕を広げようとした時点で、敷地内に入っている正当な理由はなくなったといえる。したがって、警察官らが、代表メンバーに対し、敷地内から出るように説得したにもかかわらず、これに従わなかったことに対し、横断幕を畳ませたり、同人らの体を押したり、腕をつかむなどして歩道上まで排除した行為は、正当な職務執行であり、その際の有形力の行使は正当な職務執行をするために必要な範囲内のもので適法な行為であった。

3  原告の逮捕の状況

(一) 原告は、他の代表メンバーを敷地内から排除しようとしていたC巡査長に対し、いきなり左手拳で同警察官の右顔面を殴打して暴行を加えた(以下「本件暴行」という。)。

E警部は、本件暴行を現認したことから、原告を公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕するため、「公妨、公妨、逮捕。」などと言いながら、他の警察官らと共に原告の方へ走り寄り、後方から組付くなどして逮捕しようとした。その際、原告が抵抗したり、他の活動家が警察官と原告の間に割って入ろうとしたり、大使館前の路上にいた報道関係者が集まってきたりしたことから、原告の周辺が混乱状態になり、原告が尻餅をつくなどしたが、結局、原告は、E警部やC巡査長らの警察官によって逮捕された。

(二) 右の際、E警部及びC巡査長らは、原告が逮捕されまいとして抵抗したことから、後方から組付くなどして逮捕しようとしたものであり、その際、原告を逮捕するために必要な有形力の行使の範囲を超えて、原告を殴ったり、蹴るなどの暴行を加えたことはない。C巡査長は、原告を逮補するため、尻餅をついた原告に走り寄ろうとしたところ、周辺の混乱状態の中で、何者かから後方から押されるなどしたために体勢を崩し、不可抗力により、原告の下腹部付近を踏みつけるような格好になったりしたが、C巡査長の足は原告の下腹部には当たっていないし、仮に当たっているとしても、故意又は過失により、原告を蹴ったり、踏みつけたものではないから、何ら違法な暴行行為は存在しない。

4  勾留中の取調べの状況

D警部補は、警視庁公安部外事第二課に所属する木村警部らと共に、原告らの公務執行妨害事件を捜査するため、平成九年六月五日から麻布署に派遣され、同日から原告の取調べを担当した。勾留期間中の原告の取調べが不当に長時間にわたって行われた事実はないし、取調中、D警部補その他の警察官から、原告に対し、自白を強要し、あるいは暴言・暴行行為が行われたこともない。

なお、D警部補は、原告が、身上経歴等は進んで供述したが、本件犯行については否認していたので、同月一七日の取調べの際、原告に対し、同人が左手拳でC巡査長の右顔面を殴打している状況が映されたビデオテープの画像の写真を示したところ、原告は、同月一八日、本件暴行について認める供述をしたものである。D警部補は、原告が自ら進んで犯行を自白することを期待していたが、原告の犯行については右客観的証拠があったから、そもそも原告の自白を強要する必要性はなかった。

5  勾留理由開示請求の取下書作成の経緯

同月一八日、D警部補が、原告に対し、取調べを終了する旨告げたところ、原告は、D警部補に対し、原告の弁護人が行った勾留理由開示請求を行いたくない旨申し立て、手続を止める方法を教示するよう求めた。そこで、D警部補は、木村警部に相談した上で、原告が取下書を作成すれば勾留理由開示手続が行われないものと考え、勾留理由開示請求の取下書の下書きを作成して原告に示したところ、原告は、右下書きを見ながら本件取下書を作成し、D警部補に対し、本件取下書を裁判所へ提出するよう依頼した。

原告は、D警部補が原告に取下書の作成を強要した旨主張するが、勾留理由開示請求は弁護人によって行われたのであるから、原告が取下書を作成しても意味はなく、原告は、六月一八日の取調べにおいて、本件取下書を書く前に犯行を認める供述をしていたから、D警部補らが、原告の取調べ時間を稼ぐ必要から開示手続をやめさせる必要もなかった。本件取下書は、原告が、勾留理由開示手続が行われると犯情が悪くなるのではないかなどと考え、自らの意思に基づいて作成したものである。

四  争点

1  原告が大使館の敷地内から敷地外の路上へ排除される際及び本件逮捕の前後において、警察官が原告に対して違法な暴行を加えたか否か。

2  本件逮捕が適法であったか否か(原告が公務執行妨害罪に当たる暴行行為を行ったか否か。)。

3  原告の勾留中の取調べに違法な点があったか否か(警察官が原告に対し、違法な暴行等を加えた事実があるか否か。)。

4  警察官が偽計・脅迫により勾留理由開示請求の取下書の作成を強要した事実があるか否か。

第三争点に対する判断

一  争点1及び2について

1  前記争いのない事実等と証拠(甲第一ないし第九号証、乙第一ないし第四号証及び証人Cの証言、原告本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 背景事実

原告ら民連陣ないし民陣のメンバーは、いわゆる天安門事件以来、毎年六月四日、中国政府に対する抗議文を大使館受付所横の郵便受けに投函し、献花を行うなどの抗議行動を行ってきたところ、平成八年度までは、大使館周辺で大きな騒動が起こったことはなく、毎年比較的平穏に抗議行動が行われてきた。

平成九年度においては、事前に、大使館から本邦外務省及び麻布署に対し、天安門事件の記念日に、有名な中国民主化運動の活動家であるGが来日し、大使館を訪問する予定になっていたことから、民連陣ないし民陣のメンバーが例年になく活発な抗議行動を行うのではないかとの情報があるので、外交関係に対するウィーン条約に基づき、大使館周辺の保護、安寧等を保持するために適切な警備体制を執るように要請があった。そこで、麻布署は、右条約及び大使館からの要請に基づき、例年の六月四日の抗議行動の場合よりも大使館周辺の警備体制を強化することとし、当日は、機動隊の応援を得るなどして、大使館正門前に一二名(制服及び私服の警察官を含む。)、大使館周辺と合わせて数十名規模の警備警察官を配置して警備に当たらせることとした。

(二) 原告の逮捕に至るまでの経緯

(1)  平成九年六月四日、E警部及びC巡査長は、F警備課長の指揮の下、他の警備警察官らとともに、大使館周辺の警備を担当していた。

同日午前一〇時二〇分ころ、大使館から約八〇メートル程離れた麻布消防署前において、民陣のメンバーである訴外李松が、車道に展張りされた伸縮式阻止柵に自動車で数回突き当たり、それによって同所付近の警備に当たっていた警察官を転倒させたことから、公務執行妨害の現行犯人として逮捕された。そのころE警部は、大使館正門前で警備に当たっていたが、麻布消防署前で民陣のメンバーが職務質問を受けているなどの知らせを聞き、同消防署前に行った。C巡査長は、そのころ盛岡町交番で待機していたが、同じく右知らせを聞いて、大使館正門前へ行き、警戒警備の任務に就いた。

李松の右現行犯逮捕の直後、Gは、同消防署付近の路上において、即席の記者会見を行い、警察官の暴力に対し遺憾の意を表明するなど述べていたところ、営団地下鉄六本木駅で待ち合わせの上、大使館方向へ歩いてきた原告及びBらの活動家と合流し、合計九名で歩いて大使館正門前へ行った。その際、原告は、抗議文、花束及び横断幕を自宅から用意して持参していた。E警部は、原告らが大使館正門前の方へ向かう様子だったことから、同正門前に戻って警備に当たった。大使館正門前には、警備に当たっていた警察官の他、多数の報道関係者がいた。

(2)  原告らは、大使館正門前の歩道上に到着すると、警察官に対して、大使館の敷地内(別紙見取図<3>の上の横の直線から上の部分)に入って献花をし、抗議文を渡したい旨申し入れた。それに対して、F警備課長とE警部は、五名に限って敷地内に入ることを許可したところ、原告らはこれに従い、原告が抗議文と花束を持ち、Bが横断幕を持って、Gとともに代表メンバー五名が大使館の敷地内に入った。そして、代表メンバーの一部の者が、開いていた大使館正門から同門内(別紙見取図の<1>の上の部分)にまで入ろうとしたので、F警備課長及びC巡査長ら付近の警察官が、これを制止し、抗議をするのであれば受付所の方へ行くよう指示した。代表メンバーはこれに従って受付所(別紙見取図の<2>地点)に行き、GとBが受付所の大使館職員に対し、抗議文の受取を求めて交渉を始めたところ、同職員がこれを拒否したので、GとBは、受付所の窓ガラスを手で叩き、中国語で怒鳴って抗議した。このため、同職員は、受付所の窓ガラスを覆うシャッターを閉めようとしたところ、Bは、シャッターが降りないように腕をはさんで妨害した。その間、原告は、同人らの後方に立ってその様子を見ていたが、同職員が、抗議文を受け取らない様子を見て、花束を受付所の前の地上に置いた。

(3)  原告は、花束を置いた後、Bと二人でそれぞれ横断幕の端を持ち、これを広げようとした。これを見たF警備課長は、当日の警備の事前打ち合わせにおいては、大使館の敷地内において横断幕を広げることは許可しない扱いとなっていたため、横断幕を広げることは認めないと言って、原告とBの真ん中に割って入って横断幕を畳もうとしたが、原告らはこれに従わず、小競り合いになった。

そこで、F警備課長は、付近の警察官に対し、代表メンバーを大使館の敷地内から敷地外の路上まで排除するように指示を出した。そこで、付近の警察官は、代表メンバーの排除活動に入り、Bについては、両腕をそれぞれ警察官が左右から引き、後方から押すなどして路上まで押し出した。原告については、C巡査長を含む付近の警察官が、原告の腕をつかんだり、背広の上着を引っ張り、または後方から背中や肩の辺りを押すなどして、大使館敷地と大使館前歩道の境目辺りの鉄パイプ製の柵付近(別紙見取図の<3>の上付近)ないしその先の車道付近まで押し出した。

(4)  原告は、警察官らの排除行為に対して、体を反らしたり、敷地外に押し出されないように足を突っ張って踏ん張るなどして抵抗していたが、大使館の敷地外の車道近くまで押し出されたところで、大使館正門の方向へ振り向き、原告の後方に位置して原告に対する排除活動を行っていたC巡査長に対して、いきなり左手拳で同人の右顔面を一回殴打し、C巡査長は、その衝撃で後方によろめいた(本件暴行)。E警部は、本件暴行を現認したことから、「公妨、公妨、逮捕。」などと叫びながら、原告を公務執行妨害の現行犯人として逮捕しようとした。

(5)  そして、E警部及び付近の警察官が、原告のもとに走り寄り、原告の後方から組付き、首から肩付近に後方から手を回して体を押さえたので、原告は尻餅を着いた。そのころ、大使館前で取材していた報道関係者らが右逮捕現場に詰め寄せ、そのため現場は混乱した状況になっていたが、C巡査長は、体勢を取り直し、制帽を手にとり、憤慨した様子で、原告の方へ向かって行き、勢いをつけたまま右足の靴の先辺りを使って、尻餅を着いて仰向けに倒れている原告の下腹部付近を蹴り下ろした。このため、原告の逮捕活動に従事していた警察官が、原告とC巡査長の間に手を差し出して、C巡査長を制止した。

その後E警部が、C巡査長から手錠を受け取って、原告を逮捕した。逮捕後、原告は、C巡査長その他の警察官に連行されて、麻布署に引致された。

(6)  同日午後七時ころ、原告の申立てにより、麻布署の留置係員が原告を連れて東京都港区六本木六丁目四番二一号所在の宮島病院に行き、原告を診察させたところ、原告は、左股関節、下腹部挫傷により約一〇日間の加療見込みとの診断を受けた。

2(一)  これに対して、被告は、C巡査長は、警察官や報道機関が殺到したことにより混乱した状況の中で、誰かに押されて原告の下腹部を踏みつけるような格好になったに過ぎず、足は当たっていないし、当たったとしても、不可抗力によるものである旨主張し、同巡査長もこれに沿う証言をする。

しかし、本件においては、当時の現場の様子について、報道機関によって撮影された映像のビデオテープが証拠として提出されており(甲第三号証及び乙第一号証)、それによれば、原告らが大使館の敷地内に入って行くところから、横断幕を広げようとして警察官に制止され、その後、原告らが敷地外の歩道上付近まで排除される様子が、必ずしも連続的ではないものの、当時の現場の状況として映されている。そして、ビデオテープは、その性質上、視覚及び聴覚の作用により関知される現場の状況を至近距離で記録したものとして信用性が高いといえるところ、甲第三号証には、C巡査長が、尻餅を着いて仰向けに倒れている原告に対し、被っている帽子を取るなどしながら向かって行き、勢いを付けて右足の靴の先で蹴り下ろし、それが原告の下腹部に当たっている様子が映されており、C巡査長が周囲の誰かに押されて前のめりになっている様子などはうかがわれない。また原告が、左股関節及び下腹部挫傷の傷害を負っていることも客観的に明らかである。これらの事実関係に照らすと、C巡査長の証言は不自然な点が多く、これを信用することはできない。

(二)  他方、原告は、この他に、前記第二の二2(一)及び(二)記載のとおり、<1>大使館の敷地外の路上付近まで排除される際、三名の警察官から、胸や脇腹等を手拳で殴りつけたり、足を蹴り上げたりするなどの暴行を受けた、<2>歩道付近まで押し出されたころ、C巡査長から、後方から強く右足を蹴り上げる暴行を受けた、<3>原告がC巡査長の顔の前に手を挙げた後、同巡査長から下腹部付近を強く蹴り上げられた(下腹部を蹴られた一回目)、<4>その直後、複数の警察官から、首を絞めて後方に引っ張られたり、顔面や胸を二回程殴られた旨主張し、甲第五ないし第八号証及び原告本人尋問の結果には、これに沿う部分がある。

しかしながら、甲第三号証及び乙第一号証によってはこれを認めることができないばかりでなく、原告は、逮捕された日の午後七時ころ、麻布署の留置係員に連れられて宮島病院へ行き、医師の診察を受けているが、その際の診断名は、左股関節及び下腹部挫傷のみであり、右<1>、<2>及び<4>の暴行があったとは考えにくいこと、また、<3>については、原告がC巡査長の顔の前に手を出した後に、同警察官が足を高く上げて原告の下腹部を蹴るには、体勢を立て直して原告の至近距離に近付く必要があり、数秒以上の時間が必要と思われる(同警察官は、乙第一号証によれば、原告が手を出した際に後方によろめいており、原告との間には距離ができている。)ところ、甲第三号証及び乙第一号証によれば、原告は、C巡査長の顔に向けて手を出した後、ほぼ間を空けずにE警部らの警察官に取り押さえられて尻餅をついた格好になっているのであり、原告と同巡査長の位置関係及び時間的な関係から考えて、<3>のような蹴り上げ行為があったとは考えられないこと、他に、これらを裏付ける客観的な証拠はないことなどに照らして、右原告の供述及び甲第五ないし第八号証は信用することができず、そのような暴行行為があったことは認めることができない。

3  争点1の検討

前記1の認定事実のうち、警察官らが、排除活動の際に、原告に対し、腕をつかんだり、背中を押したり、上着を引っ張るなどして路上付近まで押し出した行為及び、逮捕の際に、原告の後方から首や肩付近に後方から手を回して体を押さえるなどした行為については、いずれも、警察官らによる原告に対する有形力の行使であるが、排除活動ないし逮捕に伴う相当の範囲内のものであり、違法とはいい難い。

しかし、C巡査長が原告の下腹部を蹴り下ろした行為は、原告がもはや尻餅を着き、警察官らの逮捕行為に対して抵抗できるような状態ではないときに、憤慨のあまり故意に行われたものであるから、原告の逮捕行為に必要な範囲の有形力の行使とは到底いうことができず、違法な暴行行為に当たるといえる。

4  争点2の検討

前記1認定の事実によれば、原告は適法な排除活動を行っていたC巡査長に対し本件暴行を加えたのであるから、原告の行為は、公務執行妨害罪に当たるというべきである(前記1(一)認定のとおり、警察官らは、外交関係に関するウィーン条約に基づき、大使館周辺の保護、安寧等を保持するために警備についており、また、大使館周辺が国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律四条一項に基づき外務大臣が静穏を保持することが必要である地域として指定されていることから、大使館敷地内への立入りは、その静穏が保持される限りにおいて認められるのであって、その静穏を害する者に対しては、同敷地内から排除することもその権限に含まれると解される。)。

これに対して、原告は、原告が手を出す前に、C巡査長が原告の後方から右足を強く蹴り上げたので、これを振り払うためにした原告の行為は正当防衛に該当する旨主張するが、前記2のとおり、C巡査長が原告の右足を後方から蹴り上げたことを認めるに足りる証拠はなく、右正当防衛の主張は失当である。

よって、本件逮捕が要件のないものであった旨の原告の主張には理由がない。

二  争点3について

1  前記争いのない事実等と証拠(甲第一〇号証、乙第六号証及び証人D、同萱野一樹の各証言、原告本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、本件逮捕後、C巡査長らによって麻布署に引致され、同月六日に勾留状の執行を受けて、代用監獄である麻布署に同月二五日まで留置された。

原告と李松の公務執行妨害事件については、警視庁公安部外事二課に勤務する木村警部及びD警部補らが麻布署に出向いて担当し、原告の取調べは、D警部補及び通訳を担当した一宮警察官ら数名の警察官によって行われたが、同月五日から原告が釈放されるまでの間に、主として原告の取調べを行ったのは、D警部補であった。原告の取調べは、同月六日を除いて同月二二日まで毎日行われ、取調べ時間は、最も長い日で八時間五一分(同月五日)であり、平均すると日に約四時間程度(そのうち三日は、午後、数時間東京地方検察庁の検察官による取調べを受けている。)である(乙第六号証添付の表)。

(二) 原告は、当初、D警部補の取調べに対し、身上・経歴及び反中国政府活動の活動歴等については進んで供述したものの、公務執行妨害罪の被疑事実については、C巡査長の顔面を殴打したことはないと否認を続けていた。D警部補は、原告が被疑事実を認めなかったことから、取調べの際、原告に対して、「お前がやったんだろう。」「本当にやっていないのか。」などと大きな声を出して言ったことがあった。

D警部補は、原告が否認を続けていたことから、同月一七日の取調べにおいて、同月四日の大使館前の様子を放映したテレビ番組のビデオテープのうち、原告が左手拳でC巡査長の右顔面を殴打している場面が映っている箇所の連続写真を原告に示して取調べを行った。その結果、原告は、同月一八日の取調べにおいて、公務執行妨害罪の被疑事実について認める旨の供述をした。

2  右認定事実によれば、原告の取調べが不当に長時間に及んだなどの事実は認められない。また、D警部補が、原告に対し、「お前がやったんだろう。」「本当にやっていないのか。」などと大声で言ったという事実については認めることができるが、本件取調べの経過に鑑みると、そのことをもって直ちに違法な取調べであるとまではいえない(なお、原告が主張する右以外の暴言・暴行については、原告本人の供述等には、これに沿う部分があるが、証人Dの証言に照らして採用できない。)。

三  争点4について

1  前記争いのない事実等と証拠(甲第一〇号証、乙第六、第八号証、証人D、同萱野一樹の各証言、原告本人尋問の結果)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告が逮捕された平成九年六月四日に、鬼束忠則弁護士、関聡介弁護士及び萱野弁護士が原告に接見し、同人ら三名が原告の弁護人として選任された。

(二) 萱野弁護士らは、本件逮捕が要件のない不当逮捕であるなどと考えて、同月一六日に、東京地方裁判所に対して勾留理由開示請求をした。

(三) 原告は、同月一八日の取調べにおいて、公務執行妨害罪の被疑事実について認める旨の供述をしたので、もう勾留理由開示の裁判をする必要がなくなったと考え、D警部補にその旨を伝え、勾留理由開示請求を取り下げる意向を示した。そして、原告は、D警部補が作成した勾留理由開示請求の取下書の下書きを参考にして、自ら本件取下書を作成し、同取下書をD警部補が翌日東京地方裁判所に提出した。

しかし、原告は、その後房に戻って、やはり勾留理由開示手続は進めてもらった方が良いと考え直し、自ら房において本件取消書を作成した上、翌日の一九日の夜に、弁護人に接見に来てもらうよう要請し、同日夜一〇時ころ、萱野弁護士が原告に接見をして本件取消書を受け取り、翌日の二〇日に東京地方裁判所に提出した。その結果、同月二三日に勾留理由開示の公判が開かれ、原告もこれに出頭した。

2  原告は、本件取下書は偽計・脅迫を受けて作成したものであると主張し、原告本人及び証人萱野一樹の供述にはこれに沿う部分がある。

しかし、原告は、本件取下書を作成した後、房に戻って自ら本件取消書を作成しているところ、偽計・脅迫があったとするには、いささかその覚醒が早く、不自然であり、これを否定する証人Dの証言に照らすと、未だ採用することができないというべきである。

したがって、D警部補らが原告に対して、偽計・脅迫を用いて、本件取下書の作成を強要した事実まではこれを認めることができない。

よって、この点に関する原告の主張にも理由がない。

四  損害

以上認定したところによれば、争点1に関し、原告は、本件逮捕の際、C巡査長から、下腹部付近を一回蹴りつけられる暴行を受け、これによって加療約一〇日間を要する左股関節・下腹部挫傷等の傷害を負い、精神的損害を被ったというべきところ、右暴行に至る経緯等の本件に現れた一切の事情を考慮すれば、右精神的損害を慰謝する金額として金八万円及び本訴訟を提起し追行するに必要となった弁護士費用として金二万円が右不法行為と因果関係のある損害と認められる(なお、治療費及び休業損害等のその余の損害については、これを認めるに足りる証拠がない。)。

第四結論

以上のとおりであるから、原告の請求は、被告に対し、金一〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成一〇年三月七日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六四条本文、同法六一条を、仮執行の宣言及び仮執行の免脱宣言につき、同法二五九条一項、三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀧澤泉 裁判官 澤田正彦 裁判官 加本牧子)

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